東京地方裁判所 昭和43年(特わ)457号 判決 1968年12月26日
本店所在地
東京都文京区小石川一丁目三番二三号
有限会社 東京会館
右代表者代表取締役
楊梅紅
本籍
中国上海市無錫西高林
住居
東京都台東区浅草二丁目一一番一号
会社役員
楊梅紅
大正三年一〇月一五日生
右の者に対する法人税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官屋敷哲郎、弁護人信部高雄出席の上審理して次のとおり判決する。
主文
被告会社を罰金五〇〇万円に
被告人楊梅紅を懲役四月に
各処する。
但し被告人楊梅紅に対し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告会社有限会社東京会館は東京都文京区小石川一丁目三番二三号に本店を置きパチンコ・麻雀等の遊戯場経営を営業目的とする資本金百万円の有限会社であり、被告人楊梅紅は被告会社の代表取締役としてその業務全般を統轄しているものであるが、被告人楊は被告会社の業務に関して法人税を免れようと企て、売上を除外して簿外預金を蓄積する等の不正な方法により所得を秘匿したうえ
第一、昭和三九年四月一日から同四〇年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一、五六四万二、五〇八円あつたのにかかわらず、法人税申告期限である同四〇年五月三一日までに同都文京区本郷四丁目一五番一一号所在の所轄小石川税務署長に対し法定の確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もつて被告会社の右事業年度の法人税額五七九万四、一五〇円を免れ
第二、昭和四〇年四月一日から同四一年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が二、一一〇万一、一二一円でこれに対する法人税額が七五七万三、八二〇円であつたのにかかわらず、同四一年五月二六日前記所轄小石川税務署において、同税務署長に対し、所得金額は二〇六万三、八一八円でこれに対する法人税額は三六万九、七七〇円である旨の虚償の確定申告書を提出し、もつて被告会社の右事業年度の正規の法人税額と右申告税額との差額六九三万四、〇五〇円を法定の納付期限までに納付せず、もつて同額の法人税を免れ
第三、昭和四一年四月一日から同四二年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が二、一四六万八、〇〇五円でこれに対する法人税額が七二六万九〇〇円であつたのにかかわらず、同四二年五月三一日前記所轄小石川税務署において、同税務署長に対し、所得金額は二三四万八、四一七円でこれに対する法人税額は六五万七、五〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて被告会社の右事業年度の正規の法人税額と右申告税額との差額六六〇万三、四〇〇円を法定の納付期限までに納付せず、もつて同額の法人税を免れ
たものである。(判示各事業年度における所得の計算は、別紙第一、第二、第三の修正損益計算書記載のとおりである。)
(証拠の標目)
一、被告人の当公判廷における供述
一、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書八通
一、被告会社に関する登記簿謄本
一、証人飯田雅啓の当公判廷における供述
一、飯田雅啓の上申書および検察官に対する供述調書三通
一、柳沢謙二郎の大蔵事務官に対する質問てん末書
一、芥川二郎の検察官に対する供述調書二通
一、大蔵事務官鈴木泰英作成にかかる
イ、簿外売上高調査書
ロ、簿外受取利息計算書
ハ、貸付金明細書
ニ、仕入中否認調査書
ホ、機械売却換認定換調査書
ヘ、減価償却費中否認調査書
ト、造作取こわし損中否認調査書
チ、無じん調査書
一、大蔵事務官松本正雄作成の青色申告書提出の承認取消しに関する証明書
一、押収してある以下の証拠物件(当庁昭和四三年押第一、〇一〇号、末尾のカツコ内の数字はその符号番号)
イ、打球・麻雀利益率帳(1)
ロ、仕入帳三綴(2の1~3)
ハ、現金出納帳(3)
ニ、統計帳(4)
ホ、法人税申告書控等綴(5)
ヘ、営業許可書綴二綴(6の1~2)
ト、元帳三綴(15、16、17)
チ、法人税確定申告書三綴(20、21、22)
(弁護人の主張に対する判断)
A 弁護人の主張
第一、被告人楊は、昭和三九年四月一日より同四〇年三月三一日までの事業年度において、法人税の確定申告書を納期限までに提出しなかつたが、これは法人税額全額をほ脱しようとする意思に基づくものではなかつた。すなわち、被告人楊は、税金申告のため以前から税理士芥川二郎を顧問としており、右事業年度においても期限までに申告ができるように確定申告書の作成方を同税理士に委任したのである。しかるに被告会社が期限を徒過して了い、昭和四〇年六月二一日にいたりようやく確定申告書を提出したのは、被告人において右会社の売上の一部除外による脱税を意図した点はともかく、その余の部分につき不申告による脱税を目論んだことによるものではない。それはもつぱら、芥川税理士が、納付期限前に被告人から前記の委任を受けながら、書類不備等を理由にその手続を怠つた重大な過失に基づくものである。したがつて、右事業年度における不申告納税額の全額につきほ脱犯の成立を認めるべきではない。
第二、以下の事項ならびに金員については、被告人楊は法人税を免れる意思はなく、担当社員または税理士芥川二郎の経理処理の不手際から生じたものであつて、犯罪は成立しない。
一、昭和三九年四月一日より昭和四〇年三月三一日までの事業年度については、たとえ期限後申告によるにせよ、左のとおり金五、二三四、一二八円につき犯意が存在しない。
(イ) 期中仕入高金四、四四四、三〇九円
期中仕入高中、計算誤謬等の金額金五一、二八六円、楊梅紅個人時の買掛金を立替払した額金三、八七〇、七五四円、期末の買掛中二重計上等の額金五二二、二六九円以上合計金四、四四四、三〇九円については、芥川税理士の事務処理の誤りで法人税を免れる結果となつたものであり、楊個人には法人税を免れる意思はなかつた。
(ロ) 受取利息金七八九、八一九円
右受取利息中には、普通預金利息金三〇、七九二円と認定利息金七五九、〇二七円の二口があるが、前者については楊個人が銀行より受取つた利息であり、法人の所得中より控除したものではないから、これに対し当時法人税を免れる意思はなく、また認定利息についても、本件国税局の査察に際し、売上控除金を法人より楊個人に対する貸付として便宜上整理した結果、徴税事務手続上認定利息として認められるにいたつたのであるから、楊において法人税を免れる意思は存在しないものである。
二、昭和四〇年四月一日より昭和四一年三月三一日までの事業年度については、左のとおり、合計金二、七八四、五五三円につき犯意がない。
(イ) 減価償却費金二七九、五一一円
右は当期において減価償却費として損金計上したことは不適当であるとして否認したが、この損金計上は芥川税理士の行つた経理処理であり、楊は全く関知していない。
(ロ) 受取利息金二、五〇五、〇二二円
右受取利息中には普通預金利息金三四、六七五円と認定利息金二、四〇七、三四七円の二口があるが、前期と同様の理由により、楊において法人税を免れる意思はなかつた。
三、昭和四一年四月一日より昭和四二年三月三一日までの事業年度については、左のとおり、合計金五、八八五、九八〇円につき犯意がない。
(イ) 除却造作金一、六八八、八七八円
右は機械の取壊損として計上した損金を否認されたものであるが、かかる経理操作については、楊が指示したことはなく、芥川税理士の判断でなされたものであり、その経理操作が誤つていたことは認めるが、これによつて法人税を免れる意思はなかつた。
(ロ) 受取利息金四、一九七、一〇一円
右受取利息中には、普通預金利息金四八、五六六円と認定利息金四、一四八、五三五円の二口があるが、前期と同様の理由により、楊において法人税を免れる意思はなかつた。
B 右主張に対する当裁判所の判断
「判示(1)」一、第一事業年度関係(弁護人主張第一、第二の一)について
関係証拠によると、まず被告人は、昭和四〇年五月中旬、税理士芥川二郎に被告会社の判示第一事業年度の法人税確定申告書の作成方を依頼したこと、しかし同税理士は後述する事情により右申告書を作成し得ず、結局期限後申告をしているのであるから、被告人が当初から計画的に税の無申告ほ脱を企図していたものとは認め難い。
しかしながら、すでに被告人は、会社の売上の一部を除外するよう積極的に指示していたのであるし、会社の経理についても、二重伝票が作成され、公表用として作成されるべき出納簿の虚偽記載がなされる等、当該事業年度における脱税準備工作が行われていたことは優にこれを認め得るのである。さらに、当時会社としては元帳の整理記入すら行つておらず、芥川税理士が、会社に対し再三にわたり決算の関係資料を提出するよう求めたのに、会社は、不正、不完全な出納帳や内容不備な期末在庫棚卸合計表を提出したのであつて、当期の金銭出納帳、当座預金出納帳すら納期後にやつと同税理士の手もとにとどく有様であつたのである。かかる情況の下で、同税理士が帳簿類の不備を理由に申告期限までに適正な確定申告書を作成し得なかつたとしても、それはまことに無理からぬところと認められるし、被告人も当時これをやむなしとして納付期限までの申告を断念したのである。証人清水清は、右のような事情の下において、仮りに当期の損益関係を裏付ける帳簿類が不足したとしても、一般の税理士としては、財産在高法により所得を算出することができるから、少くとも不申告は免れ得たはずであると証言するけれども、申告納税制度における納税申告には、誠実な記帳が前提となるべきものである。まして、右事業年度においては、機械領収証綴、期末在庫棚卸合計表等の基礎資料も不完全であつたこと、が認められるのであるから財産在高法によるとして、とうてい正確な申告は、期すべくもなかつたと認められるのである。
このように、すでに被告人において会社の脱税工作を積極的に準備し、かつ誠実な記帳義務をことさらに怠つて、不正ずさんな経理を行つた上、法定の期限までに申告しなかつた場合は、単純不申告とみるべきではなく、詐偽不正の行為による不申告ほ脱犯が成立するのであり、そのほ脱額は、被告人の主観的な意図にかかわりなく、脱税額全部について成立するものと解すべきである。よつて弁護人の右主張は採用しない。
二、機械減価償却費、除却造作関係(弁護人主張一(イ)、三(イ)、別紙第二16、第三29)について
まず被告会社は、昭和三九年七月株式会社西陣よりパチンコ機械を代金合計二、六七九、〇〇〇円で購入したが、これを昭和四〇年三月に八一六、〇〇〇円をもつて売却し、この代金を売上金に計上したが、売却損の処理をしなかつたので、右機械の取得価格額を売却損として認容する(別紙第一23機械売却損)。
このように右パチンコ機械はすでに売却済であつて、第二、第三事業年度には右機械が存しないことは被告人においても十分認識しているはずであるのに、右機械の売却損を計上しない代わりに第二事業年度において減価償却費二七九、五一一円(別紙第二16)を、第三事業年度において右機械取こわし損一、六八八、八七八円(別紙第三29、2,679,000-279,511=1,689,059(円)、計上額との差額181円は計上時の誤差とみられる)をそれぞれ損金に計上したことは、明らかに不当不正な経理であるといわねばならない。弁護人は右経理が芥川税理士の経理上の過誤に基づくものと主張するが、同税理士も会社の帳簿に基づき、右機械があるものと誤信して経理を行つたのであるばかりか、被告人に前述の認識がある以上、右各計上額は否認されることは当然であり、これをほ脱所得額から除算すべきものとはとうてい解されない。弁護人の主張は失当というべきである。
三、受取利息関係(弁護人主張二(ロ)、三(ロ)別紙第二25、第三26)について
第二、第三事業年度の受取り利息金についても普通預金利息についてはなんら正当な事由なく計上洩れをしたものであり、認定利息分(楊梅紅に対する貸付金に関するもの。)についてはその貸付元本はいづれも簿外とされていたものであつて芥川税理士の単なる経理上の誤まりというよりも、むしろ受取利息収入について会社の不正経理が存しでたのあると認められるから、弁護人の右主張は採用することができない。
(法令の適用)
判示第一の事実は、被告会社につき昭和四〇年法律第三四号附則一九条によりその改正前の法人税法四八条一項、五一条一項、被告人につき同法人税法四八条一項、判示第二、第三の各事実は、被告会社につき昭和四〇年法律第三四号法人税法一五九条一項、一六四条一項、被告人につき同法人税法一五九条一項。併合罪加重の点は、被告会社につき刑法四五条前段四八条二項、被告人につき(各懲役刑選択)同四五条前段、四七条本文、一〇条、刑の執行猶予の点は同法二五条一項。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 小島建彦)
別紙第一 修正損益計算書
有限会社 東京会館
自昭和39年4月1日
至昭和40年3月31日
<省略>
別紙第二 修正損益計算書
有限会社 東京会館
自昭和40年4月1日
至昭和41年3月31日
<省略>
別紙第三 修正損益計算書
有限会社 東京会館
自昭和41年4月1日
至昭和42年3月31日
<省略>